道路族 奈良県の道路 奈良西幹線(生駒~竜田大橋・王寺~香芝) 八尾市の道路
とは掲 国道スレ

名阪国道・R25

1.歴史
今,『名阪国道工事誌』(1967・建設省中部地方建設局名阪国道工事事務所)に拠るとその歴史的経緯は以下の通り。(なおこの工事誌が出典元と思われる国交省の資料もある。)

昭和18(1943)年頃  第2次大戦の熾烈極める頃軍部の要請により,当時の内務省がドイツのアウトバーンに匹敵する,弾丸道路の実測調査をしてい る,この計画の名古屋─大阪間は先に開通した名神高速道路とは別の,関ヶ原,鈴鹿峠を避けて伊賀盆地に抜け,木津から大阪へ結んでいた。途中で終戦となり 調査も消滅してしまった。

昭和25(1950)年頃  敗戦の痛手もようやくいえて,経済復興のために国土を総合的に開発しようと,ダムや道路などの公共事業への投資を中心として 各種の企業が活発な動きを見せ始め,この頃新しく高速自動車道路を建設し経済伸長に大きく寄与させようという考えが具体化しつつあった。

昭和27(1952)年  建設省で高速自動車道路網の計画として,東京─神戸間の実測調査を開始する。この時,名古屋─大阪間では,現在の名神高速道路と先の弾丸道路が比較線として併せて検討された。(→とは註:昭和27年の調査では現名神ルートと木津川ルートが比較検討されたとのこと。名神の工事誌の調査が必要である。)

昭和28年5月  2級国道163号線(関,伊賀,上野,笠置,木津ルート)として認定された。(→とは註:なんと自動車専用道路としての検討の後から国道,しかも2級国道,として指定されたそうな。)

昭和31(1956)年 名神高速道路の建設が開始された。

昭和36(1961)年頃  日本道路公団が「大四道路」として,163号線の改良ルートとも言うべき道路計画を立案して調査を開始した。引き続き37年にはペーパーロケーションと経済調査を実施し,その必要性と可能性を立証した。

昭和37年5月  1級国道25号線が実現する。この路線は163号線のうち,三重県四日市市からど,同上野市までと,新しく地方道上野─天理線を合せて大阪市に至る新ルートとして認定された。

昭和38年1月  1級国道への昇格が決定すると同時に,建設省で調査を開始(→とは註:2級国道への指定は1級国道指定更には自専道としての建設を見越 してのものだったようだ。またこの25線の指定の過程で奈良経由が外され現在の天理・王寺経由がメインルートとして確定したことになる。この辺の詳しい経 緯が知りたい所。また同工事誌には「1級国道の1種山地部道路の規格として設計することで発足した」との記述もある。),まず航空写真図化と経済調査を主 眼とした予備的な調査を実施した。この調査が進行中,中央では建設大臣のもとで早期着工,早期開通の方針が着々検討されていた。明けて38年1月,国道 25号線改築工事の早期着工が建設大臣の指示により決定した。

昭和38(1963)年2月 『1級国道25号線,経済調査報告書』(中部地方建設局)によると名神と選択経路としての名阪国道が調査されているが,以下 の様な現在の比較ルートだったようである。高速道路の平均速度が60km弱とは牧歌的な時代である。またこの段階でも天理経由ではなく名阪国道や阪奈道路 を利用した計画であったようである。また道路の結節点として亀山よりは関が重視されていたように見える。

表-1-1-1 選択交通量の配分と走行速度,走行時間(抄出)
路線 区間
区間
距離
平均走
行速度
走行
時間

名阪国道
阪神~奈良 39.9km 40km/hr
60分
阪奈道路(2車線平面交差専用道路)

奈良~上野 45.3km 56km/hr
48


上野~ 関 28.7km 59km/hr
29


関 ~四日市 19.3km 56km/hr
20


四日市~名古屋 43.7km 50km/hr
52
名四道路(4車線自動車専用道路)


176.9km

3時間29分

名神高速
阪神~京都
42.5km
57km/hr
45分


京都~岐阜
129.7km
57km/hr
137


岐阜~名古屋
26.5
57km/hr
27





3時間29分


昭和38年4月  亀山市に名阪国道工事事務所が発足した。4月5日,建設大臣の視察を機に,供用開始時期の目標が示され,いわゆる「千日道路」の計画がここに確定した。

この千日計画に合わせる為に以下の様な調査・設計に際しての原則が定められたそうな。

1) 鉄道との交差を最小限にする。
2) 現道拡巾は避け,全区間バイパスとする。
3) 家屋の密集する部落は避ける。
4) 地質的に問題のありそうなところは避ける。
5) 山地部は出来る限り南向斜面を選ぶ。
6) トンネル予定地点では,坑口附近を特に入念に調査する。

また起点を何処に取るかであるが,現道の起点のある関町新所附近の人家の少ない箇所でしかも名古屋方面への延伸にも適する場所が望ましかったが,附近は 「1号線と国鉄関西線がまったく隣接していて,しかもその両側には鈴鹿川と,一方は切り立った丘の上に町並が続いている状況でこの為,前述の様な条件を満 すインターチェンジを設ける場所として亀山市と関町の境界近くに,鈴鹿川が大きく蛇行する辺りで,1号線と関西線の間に小山を挟んだ(1号線の切通しの残 分)山林を主体とした適当な広さの場所,しかも地形を利用してランプウェイの取付,交差等が容易である亀山市大岡寺地先を起点とした」とある。この様な理 由で現在は亀山が起点という印象となっているのである。

昭和38年9月  「新道路整備五ヶ年計画の基本構想により主要幹線の1つとして,将来,自動車専用道路としての機能を果たすべく高速自動車酷道の規格を とることとして将来,自動車専用道路としての機能を果たすべく高速自動車国道の規格をとることとして,3級および4級区間として構造規格の修正を行った。 このいきさつにより「準高速道路」という見地から例えば路肩,分離帯,建築限界のとり方については特例を適用することによって縮小している。更には山地部 における急勾配区間の登坂車線も,インターチェンジなどにおける加減速車線長など,すべて「準高速道路」という見地からこれを設置しないか,又は規格を落 している」(とは註:この辺が現在に至る迄名阪国道が一般国道です(=高速道路ではありません)となっている理由であろう。後述の名阪70km/hr化の 際には加速車線の延長などが必要となった。)。

昭和39年1月 「伊勢神宮参拝の河野建設大臣に対し,名阪国道の早期完成による地元負担金が,三重県財政に致命的な影響を及ぼすということで田中知事か ら,現在の直轄施行を日本道路公団施行の有料道路に変更の陳情があり,これに対し検討しても良いという大臣の言明が,記者会見の席上でなされたので,連日 新聞紙上をこの問題でにぎわせ,…地元民に与えた影響は大きく,用地交渉は停止し,地元としても永年の夢であった道路が中断しかねない問題に発展してし まった。」つまり名阪国道の有料化問題の勃発であるが,工事誌作成の官側の視点で書かれており興味深い。いずれにせよ,有料道路で建設するとインターの数 も減らす必要があり,またインター形状も料金所設置が可能な形状に変更する必要が出てまた側道も同時に整備する必要があり,25号の現道も改築する必要が あり,用地買収も難航する可能性があり,千日道路も不可能になると,政治側のブレに困惑している様子が窺える。「40年末開通の半巾供用のために110億 円ですむものが,約160億円程度になるものと考えられ,これは全巾完成の事業費に匹敵するものである」と指摘している。有料道路のコスト高構造は現代に も通じるものがあるのではあるまいか?結局公共(無料)でと成ったのだが,本項には次の様な記述も見られる。「…公共事業費の増大による地方財政とのバラ ンスの問題は,今後の道路行政に大きな課題となることと施行されるが,地方負担に耐えられないから有料道路に,耐えられたから公共道路にする,採算が取れ るから有料,とれないから公共と安易に決めるべきではないと思考する。
 名阪国道は昭和38年1月に天理~亀山を公共でと決定したのであるが,これは名古屋~大阪を最短距離で結ぶばかりでなく,伊賀地方開発にも併せて決めたものであり,わずか1年で変更することは工事々務所としては甚だ困惑するばかりではなく,建設省の威信にかかわることであり当初方針通り進むか,地方負担のみの問題から発生したのであるから,絶対に無理かどうかを検討し,しかるのちにやむを得なければ,3ヶ年計画を5ヶ年計画にスローダウンする等の措置をとり,軽々しく有料道路と踏み切るべきではないと考える,。1級および2級国道の昇格に運動し,昇格したら早期完成をうたいながら,分担能力がないから全額国庫或いは,有料道路とは言語道断といわざるを得ない
 現場担当事務所長として地元の信頼を得,用地買収に目途がついた時に有料の問題が出て現実に一頓挫を来している現状で有り,この問題の明確な方針をたて,新しい気持ちで対処せねばならない情勢に追い込まれており,昨年4月から少人で早く,安く且つ良い道路をと必死に努力している部下職員の士気に大きく影響するところ大なるため,当初の基本方針の堅持を願いたい。」と可成りのお怒りであるw


2.名阪国道(専用部)
亀山IC
工事誌によると1号線(当時は亀山BPは勿論無く旧道化して県道に格下げになっているr565が1号だった筈)と関西本線が離れた箇所に造られたそうだ が,離れてると言ってもちょっとである。今では東名阪や亀山BPに加え,伊勢道や関BPもあってしっちゃかめっちゃかである。。


関IC




3.名阪国道70km/h化

奈良県警もしくは県公安委員会はそれなりに話しが解るのか,実態とそぐわない名阪国道の60km/h規制が一部で70km/h緩和された。その後,三重県警管内でも,また滋賀県警管内の湖西道路でも緩和が行われて1つの規制緩和の潮流となっている様だ。

線 形の良い三重県内は60km/hの侭である。公安委員会の怠慢なのか慎重姿勢なのか判らないけど,まあ名阪国道は100km/h近くでで走っていても捕ま らないから良いようなものだけど,折角のランプ部の延伸改良工事も殆ど終わっている様に見えるので70km/hか上野以東の平坦部では80km/hも視野 に入れて欲しいとところ。(→その後70kmへ引き上げられた。)